木曜日 7月 31, 2014 at 13:27

luchinon:

ブータンに行ってきました。

「世界一幸せな国」として知られるブータン。
沢山のお金を持たなくても幸せ、という人々の暮らしはとてもシンプルで、すっごく昔の日本ってこんな風だったのかな、と思いを馳せたり。

ブータン政府観光局HP
http://www.travel-to-bhutan.jp/


現地のガイドのレンチェンさんが、ブータンにも高級ホテルがあるんだという話をしていた時に、言っていた言葉。

「ブータン人はホテルに10万とか使わないよ、寝れればどこでもいいね。高級なホテルに泊まって自分だけいい思いをするんだったら、その分のお金を困っている人にあげた方が自分も気持ちいいね。」

レンチェンさんがこの言葉をほんとうに心の底から思って言っているのを見た時に、
このあり方こそがブータンの人々の幸せの秘密なんだ、って思った。

シェアする、という精神。とってもいいな。

死んだらどうせ身ひとつなんだし、
土地も家も車も家具も洋服も宝石も
全部この世においていく事になるんだから、

だったらまわりの、より沢山の人が幸せな方がいいなぁ。

って改めて思った旅でした。

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木曜日 7月 31, 2014 at 13:21

“まず基本的な事情として、日本は戦前から食糧輸入国でした。
現在ではほぼ自給できている主食の米すら、輸入しなければならないほどだったのです。
そして、日本は戦前からしばしば食糧難になっていました。
とくに昭和初期には「昭和大飢饉」と言われるほどの、実際に餓死者が出るほどの食糧難に襲われています。
ちょっとでも不作になると、飢饉が起こるほど、戦前の日本の食糧事情は厳しかったのです。
現在なら、膨大な工業輸出で稼いだ外貨で海外から欲しいだけの食料を買って来られますが、当時の日本の貧弱な工業力では、そういうこともできません。

根本的な原因は、農村の人口が増えすぎたせいです。
江戸時代には3000万人程度で安定していた日本の人口は、明治維新の直後から増え続け、100年も経っていない昭和初期には1億人近くにまでなっています。
短期間で人口が3倍になったわけですから、常識的に考えて、食糧が不足しそうなことはお判りいただけると思います。
この間、西洋の農業技術の導入などで農業生産も増えていますが、それでも人口増加には追い付かなかったのです。
日本が海外植民地の獲得や、アメリカや南米などへの海外移民に積極的だったのは、この増えすぎた人口を何とかする必要があったためです。
それくらい、戦前の日本は人口過剰で、食糧生産が足りない国だったのです。”

戦争中はどうして食糧難になったんですか? 田舎の方では作物があったと聞きました… - Yahoo!知恵袋 (via nakano)

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木曜日 7月 31, 2014 at 13:17

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木曜日 7月 31, 2014 at 13:17

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木曜日 7月 31, 2014 at 13:16

4 名前:名無しさん@0新周年@\(^o^)/[sage] 投稿日:2014/07/24(木) 07:39:37.47 ID:zjmQo3cJ0
(有名コピペ改変) 

▼パレスチナ人の立場に日本人を当てはめると、これぐらい悲惨。(もしも歴史で)

日本は太平洋戦争に負けて欧米諸国に占領されてしまいました。
欧米諸国も戦争でお金を使いすぎて貧乏でした。

一方、世界に散らばる中華系のお金持ち一族、『華僑』は自分達が安心して暮らせる国を探していました。
中国政府は華僑の財産を没収する恐れがあるので、華僑達は出身国には住みたくありません。
それで華僑は新しい国を作って住みたいと思いました。

それを聞いた欧米諸国は占領している日本を「華僑に売ってあげるよ!」と言い出しました。
欧米諸国は自分たちの貧乏を「日本列島を売ること」で解決しようとしたのです。

日本列島は中国大陸のすぐ横なので華僑たちは大喜び。
すぐに華僑は大金を欧米諸国に支払って日本列島を購入しました。

国連も欧米諸国の味方なので、日本列島を華僑の国として認めてしまいました。
新しい日本列島は華僑の国、椅子羅江流(いすらえる)と名づけられました。

日本列島に住んでいた日本人達は邪魔なので、四国と北海道に強制移住させられてしまいます。
本州と九州と沖縄は完全に華僑だけが住む土地になってしまいました。(続く)


6 名前:名無しさん@0新周年@\(^o^)/[sage] 投稿日:2014/07/24(木) 07:40:49.93 ID:zjmQo3cJ0
(4の続き)
国際的には四国と北海道も華僑の持ち物なのですが、ここは日本人がなんとか自治区として確保しました。
四国と北海道の自治区を合わせて晴洲治名(ぱれすちな)といいます。
その中でも日本人がぎゅうぎゅう詰めで暮らす場所は我差(がざ)と呼ばれました。

しかし華僑は四国や北海道も自分たちの土地なので、日本人に「出て行け」と攻撃します。
その状況に日本人達は我慢がなりません。
そこでテロやゲリラ戦で本州の華僑を攻撃することにしました。
その日本人レジスタンス集団は浜巣(はます)と名づけられました。

浜巣はさっそく本州の華僑の街へロケット弾を打ちました。
でもロケット弾はアイアンドームに打ち落とされてしまいました。
逆に華僑の軍隊の爆撃機が飛んできて日本人の街を破壊しました。
何人もの沢山の日本人が死にました。(子供含む)

さらに華僑は瀬戸内海や津軽海峡を超えて進軍してきました。
「テロ攻撃をやめないと日本人街を消し去るぞ!」と爆撃してきます。

日本人は「せめて四国と北海道だけでも日本国として認めて!」と世界に訴えますが、
世界の中心である欧米諸国が華僑に日本列島をお金で売った建前があるので、
「日本列島は華僑の国。日本人自治区の独立なんて認めない」と聞く耳を持ってくれません。

そうしてる間にも殺された人々の映像が流れ、その映像や写真が»32になります。
世界はいまだにこの問題を「見ているだけ」なのです・・・。

パレスチナ人の立場に日本人を当てはめると、これぐらい悲惨。(もしも歴史で) : 2chコピペ保存道場 (via gkojax)

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木曜日 7月 31, 2014 at 13:12

nobabaclip:

2014年7月27日
直線運動のはずが。

nobabaclip:

2014年7月27日

直線運動のはずが。

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木曜日 7月 31, 2014 at 13:11

“「先祖の怨念なんかありませんよ。あなた子供が可愛いでしょう?仏壇買わないからって子孫を恨んで呪う様なヤツはご先祖様なんかじゃありません。出てきたら私が丸太でぶん殴ってやります」と禅宗のエライ坊さんが言ってた。私はかなり同感である。”

Twitter / @Simon_Sin (via gleamy)

(出典: 46187)

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木曜日 7月 31, 2014 at 13:06

(出典: cats4everyone)

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木曜日 7月 31, 2014 at 13:05

(出典: tiga)

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木曜日 7月 31, 2014 at 13:03

“◆日本文化のユニークさ01:なぜキリスト教を受容しなかったかという問い

日本人は、西欧の文物を崇拝し、熱心に学び、急速に吸収していったにもかかわらず、日本でのキリスト教の普及率はきわめて低く、今も人口の0.8パーセントを占めるにすぎない。なぜなのだろうか。

私たちが自覚していると否とにかかわらず、日本の文化には日本の文化なりの成り立ちや仕組みがあって、それと根本的に相容れないものは、受け入れてことなかったのであろう。あるいは、受け入れてきたものは、これも無自覚のうちに、日本文化の仕組みに合うように変形して取り入れて来たのかもしれない。

では、キリスト教とは相容れない日本文化の仕組みや構造とは何なのか。これは日本文化を考察する上ではきわめて大切なポイントになるのではないかと思う。

日本文化のユニークさ02:キリスト教が広まらなかった理由

日本にキリスト教が広まらなかった(現在も広まらない)要因をまとめると次のようになるのではないか。

(1)現代日本人の心には、縄文時代以来の自然崇拝的、アニミズム的、多神教的な傾向が、無意識のうちにもかなり色濃く残っており、それがキリスト教など一神教への、無自覚だが根本的な違和感をなしている。

(2)キリスト教は、遊牧民的ないし牧畜民的な文化背景を強くにじませた宗教であり、牧畜文化を知らない日本人にとっては、根本的に肌に合わない。絶対的な唯一神とその僕としての人間という発想、そして人間と動物とを厳しく区別する発想の宗教が、縄文的・自然崇拝的心性には合わない。

(3)ユーラシア大陸の諸民族は、悲惨な虐殺を伴う対立・抗争を繰り返してきたが、それはそれぞれの民族が信奉する宗教やイデオロギーの対立・抗争でもあった。その中で、自民族をも強固な宗教などによる一元支配が防衛上も必要になった。キリスト教、イスラム教、儒教などは多少ともそのような背景から生じ、社会がそのような宗教によって律せされることで「文明化」が進んだ。

しかし、日本はその地理的な条件から、異民族との激しい対立・抗争にも巻き込まれず、強固なイデオロギーによって社会を一元的に律する必要もなかった。だから儒教も仏教も、もちろんキリスト教も、社会を支配する強力なイデオロギーにはならなかった。

したがって、日本文化には農耕・牧畜文明以以前の自然崇拝的な心性が、圧殺されずに色濃く残る結果となった。要するにユーラシア大陸に広がった「文明化」から免れた。ヨーロッパで、キリスト教以前のケルト文化などが、ほとんど抹殺されていったのとは、大きな違いである。

以上が大雑把な枠組みだが、このほかにも考察すべき論点は山ほどある。日本文化とは何かを問うことが、人類の文明とは何かを問うことと同じになってしまうということは、驚くべきことだ。

これらの日本文化の特質(社会を支配する強力なイデオロギーがない、農耕・牧畜文明以以前の自然崇拝的な心性が存続する、かつ先進的なテクノロジーの国であるなど)が、マンガ・アニメにも、反映されており、それが不思議な魅力となって世界に受け入れられている。”

キリスト教を拒否した理由:キリスト教が広まらない日本01 - クールジャパン★Cool Japan (via sqiz)

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